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[1109] スパロボ 投稿者:MASASHI
投稿日:2021年12月14日(火)17時53分
買ったのは良いけど、なんかバグが結構あるな。
DLCとかシナリオ選択とかオート戦闘とか新しいことをやったのは良いが、慣れない事はするもんじゃないという結果になってしまったのは残念。せっかくの30周年記念作なのになー。


MASASHI

新女神転生Vを買った。
女神転生→魔人転生→新女神転生2→ペルソナ2→新女神転生V
のちぐはぐな経歴。
まあまあ楽しんでます。
2022年02月18日(金)17時58分


MASASHI

スパロボは知らないうちにアップデートが来てたらしい。
過去作と比べてもいまいちな評価の上、ずいぶん経ってからシナリオ完結の更新されてもなぁ。
さらにDLC追加で4400円!
1500円くらいならお布施的に検討できたけど、さすがに遠慮するわ。
2022年04月28日(木)11時06分


MASASHI

FE風化雪月を買った。
多分DS以来のプレイ。
久しぶり過ぎてシステム変更についていけてない。
でも、面白いな!
2022年11月17日(木)12時57分


MASASHI

switchのCIV6と天穂のサクナヒメを購入した。
多分人生初で複数のゲームを一度に購入した。
CIVはロード遅すぎ問題とシステム把握に時間がかかりそうで、サクナヒメから始めた。中々良いキャラしてるな。しばらくは楽しめそうだ。
2023年02月14日(火)11時24分


MASASHI

ここしばらく、ゼルダで遊んでいる。
どうせDLCが出ると思い、それまで我慢するつもりだったがCIVがひと段落したところで購入してしまった。
相変わらず、横道にそれまくってメインストーリーが遅々として進まない。
2023年08月18日(金)12時03分


MASASHI

ゼルダDLC出ないんだって。
良く言うDLC商売を批判しつつも、いざでないとなるとちょっと残念に思う気持ちあり、調教されてるなぁと感じる。
2023年09月14日(木)09時31分


MASASHI

桃太郎電鉄を買った。
集まって楽しむように買ったが、相変わらず貧乏神の効果が強すぎると思うな。貧乏神の種類ごとにオンオフできれば良いのにな。
2023年12月11日(月)16時17分


MASASHI

ドラクエ11を買った。
何となく避けていたのだが、年末のセールで安かったのでついつい。
やっぱりしっかりした作りだと思うが、ゼルダをプレイした後だとキャラ移動の自由の無さにちょっと不満は募る。
でも楽しく遊んでる。オート戦闘もだいぶ頭良くなってるなぁと感心。
2024年01月19日(金)10時16分


MASASHI

三国無双7を買った。
思い返せば4で止まってたんだな。
色々新キャラが増えているが、基本は同じだしマンネリ感はあるんだが、こちらは久しぶりのプレーなので問題なく楽しんでいる。
2024年03月17日(日)11時30分


MASASHI

ユニコーンオーバーロードを買った。
期待値は高かったが、10時間程度進めた段階だと微妙。
つまらなくはないが、いまいち熱中できないな。盛り上がりに欠ける感じ。これからどうなるかに期待しておこ。
2024年05月13日(月)15時27分


MASASHI

DQ3と信長の野望新生を買った。
DQ3はswitchでのスマホ移植版で、細かい所やアイテムが多少増えてる。
やっぱり面白いな。テンポが良くてレベル上げも楽しかった。反面、現状のゲームと比べるとボリューム不足を感じるのはやむを得ない所。
ノブヤボはプレイ経験が少ないので何ともだが、前作より戦闘が面白くなっているし、中々良いのではないか。
2024年07月23日(火)07時24分


MASASHI

カイロソフトのどら焼き屋さん物語を買った。
同社のソフトは結構買っているが、大手とのコラボで売り上げも好調なようで良かった。
中身の方は、スマホ交換した影響で、過去に購入したソフトを改めてプレイしてるからまだ良く分かってない。

ちなみに、久しぶりに銀と金を読み直す機会があったが、やっぱり面白かった。福本先生絶好調といった感じで、現状を見るに悲しみも湧いてくるな。
つくづく、森田鉄男引退は惜しかったな。
2024年10月02日(水)08時30分


MASASHI

風来のシレン6とFF1〜6のセットを買った。
シレンは久しぶりにプレイして、持ち込みダンジョンを代替クリアした所で止まってる。持ち込みなしのダンジョンはやっぱり難しくてあまり進めていない。
とりあえずFF1も始めて見たが、やはり時代が時代という所もあって色々と厳しい部分が多いな。
ちなみに上記のドラえもんゲームはいつものカイロソフトとは思えないくらい面白くなかった。
10点中4〜5点位かな。
2024年11月27日(水)09時33分


MASASHI

FF1〜6迄ようやく終わりそう。
面白かったのは5>4>3>6>2>1の順かなぁ。
1は開発念を考えれば仕方ない感はあるし、2は試行錯誤した結果ただ面倒くさい事になっている。
↑DQ3の時も思ったが、やっぱり思い出のソフトはやってて面白いな(補正もあるかもだが)。
2025年01月21日(火)09時22分


MASASHI

Gジェネジェネシス+クロスレイズを買った
それぞれUCとそれ以外といった作品で分かれているが
やはり馴染みのあるUCが出てくるジェネシスの方が面白いように思う。が、両作品とも機体の水増し感が酷かったな。
ともあれ、まぁまぁ高評価。なんだかんだでシリーズのほとんどの作品をやってるな。
2025年05月17日(土)16時19分


MASASHI

スパロボYを買った(結構前)。
前作の30を劣化させたような作りに辟易とする。
ミッション性は無駄にステージが多くなるばかりで没入できないし、合体攻撃もほぼ無いし、良く分からんのが「説得コマンド」の意味。ある特定のキャラ1名にしか使用できないの理解できない。そんなとこにリソース使う必要あります?
DLコンテンツについてもボーカル有のオリジナル曲を使えないのは前回も不満だったが、今作では更にアレンジ曲すら使えずバンプレのオリジナル曲があてがわれる事態に。何で???
2025年12月08日(月)18時54分


MASASHI

三国志8PKを買った。
三国志との付き合いは古く、子どものころ兄が初代をファミコンで買ったときから始まり、横光や蒼天航路等の漫画や北方の小説なんかも面白い。
これも↑のスパロボやGジェネ同様ほとんどの作品を遊んでるな。
2026年03月16日(月)09時34分


MASASHI

新女神転生Vを買った。
女神転生→魔人転生→新女神転生2→ペルソナ2→新女神転生V
のちぐはぐな経歴。
まあまあ楽しんでます。

これが2022年。
ペルソナ5Rを買った(今2週目)。
ちょっと文句の付け所が多いけど、上と同様にまあまあ楽しんでるのはセールで買ったからだな。
2026年06月30日(火)21時53分









[1117] すごい更新してる 投稿者:DKZ
投稿日:2023年09月08日(金)20時08分

この借り物掲示板のオーナーも、よく続けてるもんだ。









[1116] untitled 投稿者:アツニン
投稿日:2023年05月13日(土)02時32分
まだ生きていたか

MASASHI

せっせと更新してるからな。
2023年06月30日(金)18時43分









[1115] 東海道歩き旅記録D 投稿者:MASASHI
投稿日:2023年03月29日(水)17時34分
第5回
由比〜静岡
2022年8月15日(月)
〇8:12
由比駅到着。今回は新幹線で駅弁(牛タン弁当)たべて元気いっぱいでスタート!さらに、いつものぎりぎりの行程は避け、観光を主として1泊2日の旅を楽しみたいと思う。
早速、街道沿いを歩くとやがて海沿いから外れ、薩埵(さった)峠を目指し山中に入っていく。この辺りの集落は都内ではあまり見なくなった迎え火・送り火の習慣が残っているらしく、各家の軒下に燃えカスなどが残っていて風情があるな。水場の蝶々などに気を取られながら坂道を進む。

〇8:59
薩埵峠到着。この辺りは後北条氏と武田の戦場であったとの事。眼下には海原と自動車道が良くマッチしている。しかし富士山は見えない。
しかし、まだ午前中だというのに暑くて堪らない。汗だくで休憩していると目に飛び込んできた土砂崩れ通行止めの文字。なんと、これから通行予定の峠道が封鎖されていた。仕方なく舗装道を通って回り道。

〇10:15
興津宿到着。あまりの暑さにタオルやシャツ、パンツなどもぐっしょりの状態。駅に立ち寄り絞れるものは絞って、少し休憩した。家から持参した凍らせたペットボトルはすでに空だ。水筒の水など補給しながら先を進む。公園の看板で興津宿の成り立ちなど学びながら汗をぬぐう。この辺りは住宅地といった風情でこれといった見どころはなかった。西園寺公望の別邸(復元。本物は愛知県犬山市の明治村に移設されたからしいので、多分過去に見ているな)は休館日で入れなかったし、知らない風景を歩くだけで楽しいものだが、暑さもあって足早に抜けてしまった。ただ、電柱に貼ってあった標語「二人乗り やった瞬間 地獄行き」がおっかないと思った。
道中で徐々に頭が茹ってくるような気がしてきた為、堪らず食鮮館タイヨーというスーパーで涼みがてら飲料を購入。ここで初めて現地民と交流があった。購入の際に現地では使えない交通系ICカードを提示した為、ちょっと会話する事となった。こちらの荷物と汗だくな姿にゆっくり休憩していってくださいと気づかいしてもらった。ありがたい。でもすぐ出た。先を急ぐのだ。


MASASHI

〇11:36
江尻宿(清水)到着。一里塚や本陣跡は見つけられなかった。
休憩中に食べようと持ってきた飴玉が完全に袋と一体化していて、腹が立って仕方なかった。中々大きな町でかなりの規模のアーケード商店街があって活気もあるように思う。ひとまずホテルに向かう。チェックイン時間はまだだが、荷物を預かってもらった。
さて、ここからが今回の旅の本番である観光パートに入る。清水駅はご当地という事でちびまる子ちゃんが至る所に描かれている。そこかしこで写真など撮りながら、早速レンタサイクルを利用して駅からほど近い魚市場へ向かう。レンタサイクルは電動、快速でかごも大きく、とても良かった。15分70円と言うのも助かる。

〇12:15
清水魚市場到着。
夏休みという事で平日でも観光客で賑わっていた。お昼時という事もあり、食堂部分はごった返しだ。
今日は歩き旅終了なのでここで打ち上げとして豪華な食事を楽しむ事に。入ったのは市場内の「岸家」というお店。しらす、桜エビ、お刺身が乗った海鮮丼にさざえの刺身、ビールもつけて2,900円だ。さざえコリコリで美味しい。これで完全に観光気分に切り替え完了。気分もよくなり市場内を散策。自宅用のお土産を物色する。出発時に餞別として父からお金をいただいたので、まぐろとほたての刺身を宅配してもらう事にした。
2023年03月29日(水)17時34分


MASASHI

〇13:21
はごろもフーズの工場脇で魚の形の宣伝カーを見物しながら快調にサイクリングを楽しむ。自転車って素晴らしいな。向かっているエスパルスドリームプラザ迄は遊歩道や自転車道が整備されていて施設自体も観覧車があるなど観光地でもあり、住民の憩いの場でもあるようで好感度高め。(この日は世界のかき氷祭みたいなのをやってた)
プラザに到着し、この旅の観光目的の一つであるちびまる子ちゃんランドに向かう。黄金のまる子像が迎えてくれる中、予想以上の混雑ぶりにおひとり様の観光はちょっと気後れする。旅の恥は何とやらで入場。中では作中の場面や教室の風景、さくらももこの経歴などが展示され、まる子好きにはたまらんのだろうな。
お土産にクラスメイトや主要キャラの顔がプリントされているクッキーを購入し、次の目的地へ。

〇13:58
フェルケール博物館に到着。ここは港湾施設や船の資料が展示されているという事で俺の好みにズドンと来たので、是非訪れたかったところだ。が、なんとこの日は月曜休館日!トホホと帰路につく事になった。

〇15:03
スーパーで夕飯を買い込み、ホテルに帰還。早速ひとっ風呂浴びてゆっくり休む。
今日はあまり歩いていない為、疲れもほどほど、足の痛みもない為、明日も楽しく観光できそうだ。(暑さは知らん)
32,525歩22キロ4時間30分の旅だった
2023年03月29日(水)17時35分


MASASHI

2022年8月16日(火)
〇6:46
今日も引き続き、観光を楽しみながらゆっくり進んでいきたい。
先ずは清水駅のバス停から乗車し、世界遺産三保の松原に向かう。
富士山の絶景が拝めることで有名だが、富士運が無い事が祟り、雲が多く全く姿を見る事は出来なかった。それでも御穂(三保)神社から海岸へ続く松並木や海岸にある羽衣の松等を楽しみながらしばらく散策した。

〇8:14
松原を出発し、久能山東照宮へ向かう。
東海道からは大分離れた道を歩くが、この辺りでいちご海岸通りという場所を歩くが、名前の通り斜面にいちご畑がたくさん並んでいて、いたる所でいちご狩りが楽しめそうだ。中にはヘレンケラーが訪問した農園などもあり、へぇ〜ってなった。俺の中では学研の伝記とちびまる子ちゃんの丸尾君のセリフしか知らない人だが、日本にも来てたんだな。

〇8:47
久能山参道に到着。
まだ9時前だというのに暑くてたまらん。昨日に続き、既にハンカチや帽子はびしょびしょだ。絞って乾かしてなんとか凌ぐしかない。
目の前ではきつい登り階段が口を開けて待っているが、仕方なく出発。
階段の中腹にベンチが設置されていたので小休止。シャツやタオルなど絞って少し乾かす。水分摂取と塩飴などでしばらく体を冷やした。

〇9:43
東照宮到着。入口に隣接されている博物館とのセット券を購入し、まずは博物館から見学。
…めちゃめちゃ涼しい!エアコン最高!!永住したい!って位には快適だった。弱冷房位だと思うが天と地だな。マジで気持ちよかった。
博物館の内容も歴代将軍の鎧具足や刀剣、家康の使った鉛筆や置時計が展示されていて見ごたえもあった。
東照宮の方は博物館からさらに登った所に立派なお社とさらに上にお墓が鎮座されていた。ミストシャワーなんかも設置されていたが、汗が止まらんよ。涼しい時期にじっくり見たい場所だな(家康の手形なんかもあって面白かった)。
ここからは久能山を下りる為ロープウェイで日本平。さらにバスで東静岡駅とらくちんさせてもらおう。
日本平には展望台や休憩所もあったが、暑さの為そこに向かう気力が湧かず、結局すぐにバスで移動する事にした。バスの中は涼しく快適ですっかり汗も引いたし、元気になった。

2023年03月29日(水)17時35分


MASASHI

〇11:07
東静岡に到着。体温もバス内のエアコンのおかげですっかり下がったが、降車した途端にむわっとした暑さが襲い掛かる。
ここからは再び東海道に戻り、静岡(府中)を目指して歩く。

〇11:40
府中宿到着。
ひたすら暑い中、休憩がてらサイゼリヤで昼食とする。
元々若い人向けの店だが、休日の為か学生がやたらと多かった。
はしゃぎすぎてコップを落とす女子高生の姿が2組あったが、どちらもどうすればよいのかわからない様子で、店員を呼ぶわけでも自分たちで拭く訳でもなく、ひたすら仲間内で「どうしよう?」と言っているだけ。こいつら馬鹿か?と思う。
女性だからか昨今の高校生の常識や経験が自分たちの世代と乖離しているからなのか。
とにかく賑やかな店内だった。

〇13:04
駿府城公園到着。
とても広く、気持ちよい(涼しければ)。お決まりの家康像等見ながら散策。駿府城跡は発掘調査の為立ち入る事は出来なかったが、代わりに調査現場を見る事が出来、今川時代の石垣など中々見られないものが見れ、これはこれで良かった。
公園から駅に向かう途中、弥次喜多の銅像があった為写真を撮ろうとするもあまりの暑さに携帯が限界を訴え、まともにカメラの起動が出来ない状態に。電源を落としたり、木陰で冷ましたりを繰り返し何とか撮影したが、やっぱりこの暑さおかしいだろ。

〇14:44
静岡駅到着。
余りに全身びっしょりの為、ホテルで使用した部屋着に交換した。だいぶすっきりした所で今回の旅は終了。
とにかく暑く、行動中の着替えを用意すべきと感じた位で距離的には短く楽な筈が予想外の体力と精神的疲労を感じた旅だった。しかし、初の観光メインの旅は余りあるほど楽しかった。清水港の海鮮丼は暑さに耐えたからこそ美味しかったんだろうな。
とは言え、夏の長距離はもうやらない!
29,795歩21キロ4時間20分の旅だった
2023年03月29日(水)17時36分









[1114] 東海道歩き旅記録C 投稿者:MASASHI
投稿日:2023年01月11日(水)11時07分
第4回
沼津〜由比
2022年5月3日(火)

〇7:45
沼津駅到着。良い天気で楽しく歩けそうだ。(今だけ)
前回は日没後で良く分からなかったが、町中にラブライブの広告やぬいぐるみなどが置いてある。聖地かな?
さて、到着後いきなりだが、東海道を外れ海側へ歩きだす。途中、例によって首塚をお参りしながら進むと、見事な松林が現れた。
〇8:12
沼津の千本松原に到着した。潮風が心地よい。松の木陰と土の適度な凹凸でアスファルトよりよほど快適に歩ける。
〇10:21
原宿に到着。
ここでは友人宅で手打ちのお蕎麦をご馳走になり、かつお出汁が良く聞いていて、予想以上の美味しさにびっくりした。小休止のつもりがちょっと長居してしまった。
ここからは東海道に戻り、延々と歩く。田子の浦を過ぎたあたりで、またも道を外れ、海岸の堤防上を歩く事とした。
景色もよく、栄養補給の羊羹等を食べたりしながらきょろきょろと風景を楽しみながら歩くのはやはりこの度の醍醐味の一つだと感じた。



MASASHI

〇12:17
道中の製紙工場のいかにもな工場っぷりに圧倒されながら吉原宿に到着。
進んだ先の左富士神社は東海道で貴重な左側に富士山がみられる場所との事だが、例によってその姿は拝めなかった。本当に富士運が無いな。源平の頃の富士川の合戦の舞台には案内と石碑が配置されていて、学研の学習漫画で歴史を学んだ身としては懐かしく楽しかった。
〇13:27
毎度の旅では時間が合わずに中々立ち寄れない街道案内所に立ち寄ることができた。
冷たいお茶などご馳走になりながら店内を見回すと、どうやらこの辺りは漬けナポリタンというメニューで町おこしを行っているようだ。
せっかくなのでよさそうな洋食屋で注文する。
提供された品はその名の通り、つけ麺のナポリタン版という以外に説明できない物だった。
味はつけ汁が薄く、ストレートのスパゲティの麺に全く絡まず、微妙な味だったが、こういった経験が旅の思い出になるのだから、結果プラスだよな!ちなみに他の客は誰も食べていなかった。
2023年01月11日(水)11時09分


MASASHI

〇14:09
吉原宿を抜けて歩いていると、富士市中央公園が見えてきた。ここはまた街道から外れるが少し園内を散策する事とした。
広々とした気持ちの良い公園で、川を挟んで2つに分かれている。橋から見る景色の中々よく、バラ園などもあり、住民に愛されているのだろうと思った。ちなみに、この辺りはJリーグ清水エスパルスの勢力圏内らしく、至る所にのぼりやポスターが貼ってあった。地理的な関係か同じ静岡のジュビロ磐田の姿はなかった。
東海道に戻り、ここからはひたすらに歩く。
〇15:25
富士川に差し掛かる。ちょうど手前にあった水神社というそのまんまな神社にお参りし、ここでも先を往かれた明治天皇休憩所の碑を眺める。
しかし、多摩川、相模川、酒匂川も大きかったが、この富士川は水量も多く、今のところベストリバー賞だな。歩道から見る景色もとても良い。
さて、この時点で15時を過ぎ疲労から徐々にペースが落ちてくる。よって、目的地の由比近隣の歌川広重美術館への来訪は難しいと感じ始めた。東海道を歩くにあたって、ぜひとも立ち寄りたかったが、仕方ない。
2023年01月11日(水)11時11分


MASASHI

〇16:19
蒲原宿に到着。この辺りはニューサマーオレンジの生産が盛んなのか道々で露天売りされていて、良い香りがする。また、道中の一里塚は民家がしっかりと管理しているようで、きれいな状態を保たれていて好感が持てた。歩いていると珍しくトイレに行きたくなった(普段は汗で水分が出る為、めったに行かなくて大丈夫)が、どこにも立ち寄れそうな場所もなく、しばらくは尿意とのバトルも並行して行われた。行ける時に行こう!!
〇17:13
由比宿に到着。広重美術館は閉館17時。残念。
由比宿の本陣跡はその美術館が併設されている公園内にあるらしく、せめてと向かったが、なんとそちらの公演も17時で閉まってしまっていた。とりあえず、向かいにある由比正雪の生家の写真など取りながら呆然と休憩する。
なんの!まだ由比おもしろ宿場館という博物館的なスポットが近場にある事はリサーチ済みよ!と再び歩き出す。

おもしろ館は売地になっていた……。門扉の前には弥次喜多の像が迎えてくれている筈が、なぜか一体だけどこかに行ってしまい、残った相方がさみしそうに売地の看板を眺めているといった様子に涙。
取り直し、歩きを再開し桜えびが有名な由比の街並みを通るが、この時間はほとんど店じまいとなっていて食すことはできなかった。
という訳で、今回の旅は由比駅で終了。富士川と広重美術館はいつか再訪したいな。
62,606歩44キロ8時間の旅だった。
2023年01月11日(水)11時12分









[1113] 東海道歩き旅記録B 投稿者:MASASHI
投稿日:2022年10月04日(火)13時10分
第3回
箱根湯本〜沼津
2022年3月20日(日)

〇7:47
箱根湯本に到着。良い天気、良い気温で気持ちよく歩けそうだ。
1月にコロナ感染した身としては、注意して旅を続けたいが道中のマスクはどうしても苦しいな。
〇8:03
早雲寺に到着。名前の通り後北条氏の菩提寺となっているらしい。
北条早雲から氏直までのお墓が並んでいて、苔むした雰囲気がとても良いお寺だった。(北条幻庵作の庭園もある)
箱根峠を越える為、当然ながら登りが続く。道中ではとてもカラフルでインチキ臭いお寺や江戸時代の石畳が残されている区間、駅伝で有名な坂道など見るところが多くて飽きることはない。……が、やはりひたすらの登り坂は辛い!特に前述の坂道の内「どんぐり坂」と呼ばれる坂はどんぐり大の涙が出るくらい辛いとの異名通りであった。
〇10:41
箱根旧街道休憩所・甘酒茶屋到着
気持ちよく歩けていたのはいつの事か、暑くてたまらなくなっていたところで休憩所に到着。無人の畳敷きの休憩+資料館で靴を脱いでしばらく休憩し、茶屋で磯部餅と紫蘇ジュースを注文。さっぱりしたジュースとお餅は力が出るようだ。観光客が自家用車やバスなどで引っ切り無しに訪れ、感染予防の為か開け放されていた屋内はストーブがたかれていても寒くて長居はできなかった。


MASASHI

〇11:45
芦ノ湖畔到着。
ようやく山道を抜け、湖畔の街並みが見えた時、は下界に降りたような何とも言えない気持ちが湧いてきた。
そんな気持ちもすぐに吹き飛んでしまう程に観光客の多さにびっくりする。観光客の減少で痛手とは何だったのか?とも思うが、これでも少ないのだろうな。
沼津迄26qの青看板が見える。目的地までの看板が見えると目算が立てられて助かります。
松並木を抜けて、今日の昼食と決めていたレストラン「BRIGHT」に向かう。
〇12:06
ブライト到着。箱根関所の前にあるこのレストランは家族で数回来ただけだが、とても美味しかったの今回はここでお昼と決めていた。
しかし、到着してみると混雑が激しく、12名・9名等の団体先客が受付に書かれていてちょっと絶望しかけるが、初志貫徹と長めの休憩と考え50分待つ。
ようやく着席でき、注文したのはステーキサンドイッチとアサリのスパゲティ。ビールもつけて完璧なメニューだ。待っただけの美味しさは確かに感じられて、休憩した事で体力も回復した。但し、50分待ちはかなり計算外のロスで、後々響いてくると感じた。
〇13:50
箱根峠到着。ここからは三島の町に向けて下りが続く。
ここで東海道は山道になっていくのだが、土砂崩れの為通行止めとなっていた。その為、国道を通る事となったが、細い歩道(一応あるだけまし)と下りで速度が上がったトラックなどが歩いていてちょっと怖い。
やがて、通行止めの区間を過ぎ、再び旧街道に入っていく。途中、山中城を通り過ぎたが後から調べると日本百名城の一つで遺跡や公園などが整備されていて立ち寄れなかった事を後悔する。この時点で、行程が押していて下り坂を走るように下っていた事で足への疲労も表出してきていた。
2022年10月04日(火)13時10分


MASASHI

〇15:22
三島市は後述するが観光に力を入れており、松並木や往時の東海道の保全などに努めている。その一環なのか、一定区間に箱根の旧街道のような石畳が残っている。しかし、さらに一部の区間では石がずれるのを防ぐためコンクリで固められており、自然と歩きやすいよう変わっていく石畳の良さが消え、ごつごつと歩きにくくて仕方のない道が足にダメージを与えてくる。
下りをずんずん進んでいると、前方からアイスを食べながら歩いてくる大学生らしき集団とすれ違った。「えっ?どこでそんなの買ったの???」と不思議だったが、車道に出ると目の前には三島スカイウォークの大駐車場が広がっていた。とても広い駐車場は満車となっていて、観光力を見た気がした。
まぁ、私には関わりのない事ですが。と横目に歩いていると今度は面白い逸話のある急坂が現れる。ここは強飯坂(こわいいざか)と呼ばれていて、昔ここを上ってきた荷運びの人夫が余りの急坂に大汗をかきその発熱発汗で背負っていた米が炊けて強飯になってしまったとの事らしい。確かに急坂で、転んだら止まれなさそう。保土ヶ谷にあった権太坂よりも厳しい斜度だと感じた
2022年10月04日(火)13時25分


MASASHI

〇16:14
強飯坂を下れば三島の街並みが現れ始める。ここからはほぼ平坦な道のりとなっていて、松並木と遊歩道が歩いていて心地よい。
〇16:46
ズンドコ歩いていると、ようやく三島大社が見えてきた。なんと、ここではお祭りがおこなわれていて、様々な屋台とたくさんの参拝客で賑わっていた。思えば、当時の静岡は行動制限などないのだと羨ましくもある。さて、せっかくのお祭りなのでゆっくりしたい所だが、この頃すでに足は痛く、疲労の蓄積により精神面での摩耗も進んでいた事から結局いつも通りの小休止で終わってしまった。本当に観光しないなぁ。
また、三島の宿の本陣跡は過去例を見ない小さな噴水のようになっていて、ここでも三島の観光に対する姿勢が見られた。全体的に景観が良く、歩いていてもテンションが上がり、元気も出るよ。
さて、この時点で17時を回っていて、あたりも暗くなってきている。本来は沼津迄行く予定だったが、ここで終了してもよいかな?とも検討したが、初志貫徹とお土産に沼津の干物を買う!という信念のもと、気合を入れなおし、沼津に向かう。
黄瀬川を越え、狩野川沿いを進む際に、東海道から少し離れ堤防上の遊歩道を歩く。街の明かりがちょっと幻想的に見え、最後の踏ん張りで歩き続けることができた。
2022年10月04日(火)13時25分


MASASHI

〇18:00
沼津本陣に到着!足はへろへろ、更に山中城あたりから股ずれが激しく痛み苦しめられたが、ようやくゴールである。あとは事前に目星をつけていた干物屋でお土産など購入して帰るだけだ。
干物屋閉まってた……。ネットだと19:00閉店となっていたのにコロナ対応で18:00に変更しているとの案内が残存する体力気力を減衰させる。
しかたなく駅前スーパーのお土産コーナーで干物セットと日本酒など購入。干物は常温保管できないとか言われたからドライアイスと氷でがちがちに包んでたら家まで大丈夫だった。
今回は箱根越えという事と、前回までの足へろへろ+激痛状態を鑑みて杖を持ってきたが、予想以上に役立ってくれた。帰路は足の痛み+股の痛みで杖なしでは歩けない状態だったから、これからも必須アイテムだ。帰路の交通費が4,000円を超えてきた!
64,340歩45キロ8時間30分の旅だった。
2022年10月04日(火)13時25分









[1112] 東海道歩き旅記録A 投稿者:MASASHI
投稿日:2022年08月23日(火)09時25分
第2回
保土ヶ谷〜平塚(宿泊)〜箱根湯本
2022年1月8日(土)

〇06:47
先日珍しく積もった雪が残る中、新年早々東海道歩き旅第2回である。
今回は一泊し、なるべく距離を稼ぐよう頑張るつもりだ。
先ずは前回の終点から歩き旅を続けていく。この辺りから松の並木道が修復再現されていたり、品川などの街道整備とはまた違った装いで楽しませてくれる。
雰囲気ある樹源寺という寺院で鯉を眺めたり、例によって一里塚や街道の史跡案内などを眺めながら歩いていると、箱根駅伝で有名な権太坂(坂の名前を聞かれた老人が聞き違え、自身の名前を告げた事に由来)に入る。急登で有名な坂だが、確かにその通り厳しい登りで一気に高度が上がり、高速道や遠くの山並みなど見渡せる良景が開けた。
権太坂を過ぎるとしばらくは上った分の下り道がゆっくりと続いていく。道中、街道で行き倒れた人のお骨を供養する投げ込み塚なるものをお参りし、先を急ぐ。ややもして国境のモニュメントが現れ、ここで武蔵国を脱出し、相模国へと向かう事となる。
〇7:52
お茶屋さんの名物を冠した焼餅坂を通り、品濃一里塚を通る。ここは往時の姿を留めているちょっと珍しい一里塚だったが、劣化が激しく下半分くらい迄埋もれている(削れてる?)ようだった。
〇8:53
反ワクを掲げる寺院を横目に見ながら戸塚宿に到着。
マンホールや店の看板などに箱根駅伝の様子がデザインされ、駅伝の名所だけある自負を感じた。また、どうにも腹具合が悪くなったため、駅ビルで休憩。ここや道中の団地等でベンチやトイレがある所が非常に助かった。駅ビル・団地・パチンコ屋は休憩スポットとして足を向けられないぞ。


MASASHI

〇10:16
戸塚から先は延々と登り坂が続き、見どころも少なく、疲労が一層感じられる中で原宿(勿論渋谷区ではない)の浅間神社でこの度の初富士山が見られたことで一気に気分が盛り上がり、ひとり言も止まらない。
ちょっと悲しい大蛇の物語がある影取宿を抜け、藤沢市に近づくと後述の通りに観光に力を入れている市政なのか松並木が再現されていて、歩きやすいと同時に目も楽しませてくれる。昔の人々もこうやって道中を楽しんでいたのかな。
〇11:07
目をつけていた並木茶屋で昼食。なんにしても名前が良いよ。
店内は早い時間の所為か貸し切り状態。下調べによるとモヤシ炒めが名物と珍しい売り出し方のお店だが、評判は良く実際おいしそうであった。しかし、無駄に反骨精神が出てしまったせいか、はたまた貧乏性でモヤシ炒めにお金を払いたくなかったのかミックスフライ定食を注文。海老ホタテ豚カツ等いくつものフライが全て美味しく、これはこれで大満足の一品だった。途中入店した客は常連らしく、女将さんなどと景気の話をしながらモヤシ炒めを注文していたので、やっぱり美味しいんだろうな。
〇11:51
藤沢宿に到着。一里塚は遊行寺というお寺の付近にあったので立ち寄ってみた。
遊行寺は一遍上人(時宗の開祖)由来の大きなお寺で、参詣の人も多く見られた。
大イチョウや資料館等も興味をひかれたが余り時間をかけられないので足早に散策した。
付近には藤沢宿交流館が設置されていて、宿場町の成り立ちや当時の街並み、旅の荷物などが展示されていて勉強になった。
その後、源義経が祀られているという白旗神社をお参り。本来は寒川比古を祀った神社らしいが、後述の義経の首が葬られたことに因んで合祀されたらしい。きれいに保たれている神社でお参りしている人も大勢いてしっかり地域に根付いていると感じた。神社自体は街道から外れていた為、戻る途中で義経の首洗い井戸にもお参りした。鎌倉の海岸で刎ねられた義経の首が川を逆流してここに流れ着いたらしいけど、嘘だろ。とは言え、街並みも整備されていて観光資源を大事にしていると好感触だった。ご立派さまな道祖神などに拝謁しながら先を進む。
2022年08月23日(火)09時25分


MASASHI

〇14:27
茅ヶ崎一里塚に到着。湘南とか江の島とか海は近い筈だがそんな気配は露とも感じさせない単調な行程だった為、この辺りから疲労が現れ始める。
今回2回目の富士山を眺めながら相模川を越えると平塚市に入る。七夕や中田英寿のベルマーレで有名だが、足がかなりまずい事になっている為宿に急ぐ。
と思いきや、白旗神社以降ほぼ名所なども無かった為思い出作りに平塚八幡宮を無理やり参拝。何かやっていた猿回しをチラ見しつつ、精神的余裕の無さからほぼ通り過ぎるようなお参りになってしまったが、行く事は行ったので良しとした……くないな。本当はもっと観光したいとの気持ちが溢れてくる。
〇16:02
宿に到着。初の宿泊は地駅前ビジネスホテル「グランドホテル神奈中」。平塚駅周辺で夕飯など買い物し、ようやく一息。
とりあえず、靴を脱ぎ、お風呂にダイブ!生き返るとはこの事で、心身共にさっぱりしたが、気が緩んだか足の痛みが増してきた。荷物削減の為、ホテルのランドリーを活用し道中の衣服を使いまわす事にしていたが、ランドリーの場所が絶妙に嫌な位置(別棟に渡ってからエレベーターに乗る)にあり難儀した。
〇19:05
ようやく夕食。今日の夕飯は駅のモールで買ったチンジャオロースと炒飯の弁当とカレーヌードル、ロールケーキ、ハイボールも添えてご機嫌だ。2回目の入浴を終え、靴擦れ激しい足が治癒することを祈りながら就寝。
61,179歩42.8キロ8時間の旅だった。
2022年08月23日(火)09時27分


MASASHI

1月9日(日)
〇5:11
ホテルを出発。当然朝食バイキングなどは時間外の為買っておいたサンドイッチを頬張り、靴擦れ個所をあて布と絆創膏で補強しての出発だ。
あたりは真っ暗で人通りもまばら。まずは駅から徒歩数分の場所にあるお菊塚にお参り。怪談番長皿屋敷で有名なお菊さんが実在した人物なのはちょっとびっくり。当地の役人の娘が江戸に奉公に出た際の事件だったようで、合掌。
一里塚や平塚の由来の塚(桓武天皇の族弟?がここで亡くなりお墓が建てられた事に由来)を通り過ぎ、オレンジの街灯に照らされた国道を歩く。真っ暗で寒々しいが嫌いな雰囲気ではない。
〇6:14
やがて東海道は旧東海道と別れ(原則旧道を通っている)、化粧坂という場所に入る。坂という感じはなかったが、見事な松並木が左右から伸びていて、一見の価値がある場所だった。惜しむらくは街灯の少なさから本当に真っ暗で写真に写ってくれない事か。
レンタルきもの屋に姿をやつしたかつての宿場本陣を通り過ぎ、湘南発祥の石碑を通り過ぎ、ずんどこ歩いていく。この辺りは避暑地として昔から有名だった為、山形有朋や陸奥宗光、大隈重信、伊藤博文、吉田茂等の別荘が今も残っている。時間が早いため入れなかったが松並木と痛んだ足にやさしい舗装がされた歩道にいたく感激し、ずっとこの道が続けばいいのにと思う。
〇7:59
大磯ロングビーチは影も見えず、ただひたすら歩き、小田原市に突入。この辺りからようやく海が見え始め、元気になる…気がする。富士山も見えたし元気だ元気!
2022年08月23日(火)09時28分


MASASHI

〇10:14
大磯→二宮→国府津と一心に歩く。というのも、この間は一里塚や道祖神等以外に見るものがなく、足の状態から街道を逸れて迄刊行する気にはならなかったのだ。また、この辺りからバス停があるたびに見上げてしまうようになる。左手には常に海が見え、気づけばそこそこの回数富士山も見えた事が助けになった。とは言え、足も限界に近く歩くと時折ぶちっと何かがつぶれる感触や痛みがマヒしていたのが、ちょっとした小石などで激しい痛みがぶり返す等苦しめられた為、この度どころか人生でも稀なしっかりとした休憩を取ることにした。前夜の暴食の所為か腹も痛かったし国府津駅近くのガストに避難。ここで靴を脱ぎ、応急処置を施しながら30分の休憩。チーズケーキ(結果として本日の昼食となった)で栄養補給し、気を取り直しての出発。
ようやく酒匂川を渡れた。道中も川を渡る事を都度の目安にしていたが、大きな川を越えると前進した気がしてよいものだ。
〇10:42
小田原宿に到着。途中、新田義貞の首塚に立ち寄ったが、今回は初日に行っていた護良親王、源義経と合わせて3つも首塚を参った。とりあえず、首塚ってのはその辺の小さな公園や住宅街の小道に何となく在る物なんだなぁ。
せっかくなので小田原城を目指す。
2022年08月23日(火)09時29分


MASASHI

〇11:03
大手門跡地を通り小田原城に到着。コロナ的な影響か観光客もまばら。気持ちの良い青空が広がっている。が、こちらにはそんな余裕はない。足が痛くて仕方ないのだ。二の丸を通り抜け、観光終了。平塚の二の舞である。場外の土産物屋でせめてもの抵抗で梅酒ソフトなんかを食す。北条早雲が梅を植樹したことから梅が名産らしい。味は梅だった。
さて、ここで旅を終了してもよいのだが、次回の旅は箱根を越える行程となる。少しでも距離を稼ぎたいところだが……。
〇11:56
ナビで調べたところ湯本迄5キロとの事。この足でも5キロならいける!と判断し、出発。やがて箱根駅伝の中継所で有名な鈴廣蒲鉾店に到着。ここも行きたかった場所でかまぼこミュージアム(無料)を休憩がてら楽しみ、お土産もここで購入。かまぼこって結構高いな……。
〇13:13
箱根湯本の駅が見えてきた。
流石に観光地の格が違うのか観光客が大勢いる。みんなこれから観光ですか?私は足が痛いので帰ります。
ロマンスカーなんか使っちゃって交通費がかさむ。家に帰って靴下を脱ぐと豆がつぶれたのか足が出血で真っ赤だった。その後2回皮が剥けた。
47,055歩32.9キロ6時間の旅だった。
2022年08月23日(火)09時29分









[1111] 東海道歩き旅記録 投稿者:MASASHI
投稿日:2022年07月14日(木)18時07分
東海道五十三次歩き旅の記録

 年末年始の連休に入り、コロナウイルスの所為でどこにも行けない日々が続き、暇を持て余していたある日、唐突に東海道53次を歩くことを決めた。
 以前からぼんやりと街道歩きしたいな〜とは思っていたが、距離の短い日光街道が本命だったのだが、どうせなら一番メジャーな道を!という事だろう。ベースには以前に川越街道歩き旅を経験してから長距離徒歩が苦痛でなくなり、見知らぬ風景を楽しむ趣味が出来た事も大いに関係している。
 準備として購入した物はこの旅専用の靴、ガイド本、自撮り棒等。相変わらず形から入って経費をかけた分抜けられなくする方式。


MASASHI

第1回
日本橋〜保土ヶ谷

2021年12月29日(水)
始発に乗るべく真っ暗闇の中を駅に向かう。
ちょっと気負いすぎたのかまだ、駅構内へのシャッターが開いておらず、コンビニなどで団を取りつつ行動食なんかを購入。

〇05:41
 日本橋起点の標に到着し、いよいよ出発。長い旅になりそうだ。
 まずは品川を目指し、銀座の街を歩く。早朝、暗闇の銀座はビルの明かりが印象的で、凝った意匠のライティングがとてもきれいだった。
 にしてもとにかく寒い!基本的に道中は携帯のMAPとガイド本を見合わせながら歩くのだが、指の感覚がおかしくなる程度には気温が低く、使い捨てカイロをもみもみしながら歩く。
 1時間ほど歩くと芝付近に到着し、大通りの向こうに東京タワーが見えてくるとテンションが上がり、元気も出てくる(今後もこのパターン多い)。
 品川が近づき、箱根マラソンの通行止め表示なんかを見ると、今年はマラソンみながら「私ここ通ったんですよ!」ってマウントとれるかな?なんて卑しい発想が出てくる。田町、高輪を通り抜け、途中泉岳寺にお参り。ここは忠臣蔵の赤穂浪士のお墓があるとの事で親からも寄るべきと言われていた。なるほど確かに知った名前のお墓があり、手を合わせてみたものの、そんなに詳しくないと思い出し、滞在時間は短め。泉岳寺を出てやや歩くと品川駅に到着。
2022年07月14日(木)18時08分


MASASHI

〇08:20
 最初の宿場町品川宿に到着。街道沿いの道は整備されていて、案内標識や史跡の看板なども豊富で歩き易い道だった。特に足元に定期的にある東海道の表示は土地勘の無い者にはありがたい。途中、鮫洲付近で鮫を祀った神社があるとの情報を受け、サメ映画好きとして喜び勇むが、現地には厳島神社の分社があるのみで、年末大掃除に来ていた近所の方数名に聞き込みするも判明せず残念無念。
〇09:33
 鈴ヶ森刑場跡(江戸期の処刑場)は当時の面影も薄く、お墓と石碑が立っているのみだったが、花など供えられていて、地域管理が行き届いている場所であった。その後、品川区民公園を通り、水族館の外郭を眺めながら進む。
 一里塚など写真に収めながら尚も歩くが、そろそろ小休止も兼ねて軽食を取りたいところ。そう思っても旧街道沿いは大通りより一本奥まった道がほとんどで、そういった場所には個人経営の店が多く、この時間帯は開店前となってしまう。しばらく歩くと、ようやく開いていた和菓子屋で茶まんじゅうを購入する事ができた。
 やがて多摩川に差し掛かる。六郷の渡し船は今は無く、六郷大橋を徒歩で渡る。ここまで大きな川を歩いて渡る経験がなかった為、ちょっとテンション上がる。大橋を渡るとそこは川崎宿だった。
2022年07月14日(木)18時09分


MASASHI

〇11:39
 川崎宿に到着。品川とは変わってあまり整備されておらず、良くも悪くも生活感のある街並みだった。品川ではしっかり表示があった本陣跡も銀行脇などにひっそり石碑があるだけで東海道素人の身としてはその違いに驚いた(今後も普通に出てくるし、全く跡形ない宿場もある)。
 昼時となった為、街中にも人が増え、ようやく昼食にありつけそうだ。実はこれ以前にも機会はあったのだが、今日の昼は蕎麦と決めていた(せめて東海道っぽい物という安直な考え)為、ここまで遅くなってしまった。川崎駅は存外大きく、駅地下の飲食街も立派なものであった。そこで大海老蕎麦とビールで活力を取り戻す。(そばは薄味でちょっと期待した物ではなかった)
 その後、鶴見駅を通り、ずんずん歩いていくとJR国道駅といった文字が目に入った。珍しい駅名だなと思ってみると、びっくりする位暗い構内でそこだけひなびた雰囲気になっていた。
国道駅を抜け、尚も旧街道を歩くと生麦事件で有名な生麦の町に入っていた。ここは魚屋が非常に多く、観光地の市場街かと思うくらい軒先が連なっていた。道中あるはずの生麦事件の現場案内はなくなっていて、新築戸建ての工事中だった。しかし、しばらく進むとキリンビールの工場の隣にひっそりと事件の碑があって数人がお参りしていた。また、三宝寺という名の崖から浮いているような立地に建立されている寺院等もあり、不思議な光景であった。
この辺りから横浜駅までの道のりはその他特に何もなく、平坦な道が延々と続き、心身ともに堪えた。疲労も顕著になり、道中のベンチにへたり込むように休憩を取るようになる。
2022年07月14日(木)18時11分


MASASHI

〇14:57
横浜宿に到着。さすがの大都会、街並みに東海道の名残はほとんど無く、高札場等一部の史跡と僅かな案内碑が残るのみだった。人出も多くさっさと抜ける事を決意。しかし、一応旅の度に地元の土産を何か買いたいと思っていたので、デパートにてお土産の黒ウサギわらび餅を購入。なかなかしゃれていて横浜感あるかも。
横浜を出るといよいよ保土ヶ谷の駅を目指す事になるが、本格的に疲労が蓄積していて、ふくらはぎが攣りそうになるのをストレッチ等でごまかしつつ歩き続ける。
今後、毎回思う事になるが、止めとけば良かったとの思いが頭をぐるぐるめぐる。
ひたすら旧街道を歩いていると、やがて、賑やかな商店街に入っていく。ここは洪福寺松原商店街という名前らしいが、暮れの時期という事もあるのかアメ横には及ばないが活気は負けていないと感じた。最初は人混みが鬱陶しいな(この辺りから疲労によって感情が悪化し、殺伐としてきている)と毒づいていたが、あたりが暗くなってきた時間に活気のある雰囲気に幾分癒され、好印象を受けた。ここは近くに寄った際にはまた行きたいな。
〇16:46
保土ヶ谷宿に到着。
すでに足はへろへろで、その辺の看板にも難癖をつけるほどの精神状態になっていたが、ようやく到着である。
すでに辺りは暗く、本陣跡の写真はあまり写りが良くない物となってしまったが、初回終了の解放感、達成感は確かに感じられた。
帰路は電車で帰る事となったが、交通費2,000円を超え、今後の旅の継続費用が恐ろしくなるな。
69,140歩48キロ9時間の旅だった。
2022年07月14日(木)18時50分










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